LTV向上を目的とした事例
日経MJで「“LTV”向上を目的とした、アディダスの会員プログラム刷新」が紹介されていました。
LTV(ライフタイムバリュー/生涯顧客価値)、元々あった言葉ですが、最近あらためてキーワードと
して語られることが増えています。
LTVという言葉が、マーケティング業界で使われはじめて、25年が経っています。
こんなに長く生き残っている「アルファベット3文字のマーケティング概念」も珍しいです。
なぜ25年も生き残り、今あらためて脚光を浴びているのでしょうか?
まず「アディダスの会員プログラム刷新」の記事から考察します。
「アディダスの会員プログラム刷新」記事要約
出典:日経MJ2023年12月22日号:SIS齋藤一部編集
■ロイヤリティプログラムのコモディティ化が進んでいて、他社と一線を画す必要があった。
■ロイヤリティプログラム「adiClub」を2023年10月に刷新。
■アディダスならではの体験価値を提供できる企画を取り入れた。
「FIFAワールドカップの試合前のウォームアップから観戦できるチケット」
「プロゴルファー畑岡選手とのシミュレーションゴルフ対決」
「ラグビーニュージーランド代表“オールブラックス”直筆サイン入りジャージー」など
元々スポンサードしているチーム・選手とのプログラムなので、費用はそれほどかかっていない。
■保有ポイントが高い(ファン度が高い)顧客に、パーソナルな特別な体験をできるようにした。
■エンゲージメントの高い会員に一生ものの体験を届けて、一生涯アディダスを好きになってもらいたい。
■最終的な目的はLTVを伸ばしていくこと。それが売上に繋がる。
■何を持ってLTVを計算していくのか、検証が必要。まずこれまで追ってきた新規の会員獲得数や、
会員からの売上、アクティブな会員の割合などがKPIになる。
日本におけるLTVのはじまり
1990年代後半~2000年はじめに「CRM(Customer Relationship Management)=顧客関係
管理」が日本に広がりました。「お客様との関わりを深めてファン(ロイヤルカスタマー:固定客)を
増やすことで、売上の安定・アップを実現する手法」として企業に広がりましたね。
「1:5の法則(新規顧客獲得は既存顧客の追加購入に比べて5倍のコストがかかること)」
「2:8の原則」を論拠に広がり、2つの論拠は元々企業が体感として持っていたことで、
それが数値で細かく確認できるようになったことが新鮮に受け止められました。
この頃から顧客データを多大な費用がかからずに収集・分析できる環境が整ったことが、
その背景にありました。
CRMの広がりとほぼ同じタイミングで、LTVも広がりました。
CRMを進めることで結果としてLTVが向上していくという流れで登場しました。
“CRMが目的”で“LTVが結果”という関係でした。CRMはお客様との関わりを深めることで
企業の利益を大きくしていくこと、LTVはお客様ひとり一人の購入金額を細かく見ていくこと
でした。
この頃はCRMとLTVはセットで、誤解を恐れずに言うとLTVは“CRMの付録・添え物”の
ような位置づけでした。その後、どんな人のLTVが高いのかなど、データ分析のスキルが
水面下で着々と上がっていきました。
広告を基点としたネット通販では、初回購入で利益が出ない中で、どこまで広告費を
突っ込めるかの算定が必要不可欠だったために、LTVが広がっていました。
最近、LTVが注目されたキッカケは“サブスク”
そんな中で再び、LTVが注目されたキッカケになったのが、2015年ごろからB2B、
2020年からB2Cの分野で本格的に広がったサブスクリプションサービスです。
新規を獲得した後も事業年度を越えて継続的に顧客で居続けてもらうことがビジネス
モデルの根幹になっていて、サブスクリプションサービスにおいて、LTVが事業成長
の肝になっています。
LTVが事業成長の肝だという考えは、サブスクリプションサービスを行っていない
業種・企業にも強く認識されるようになっています。お客様ひとり一人との関わりを
生涯に渡って深め、ファンに育成し、LTVを最大化することで、これから直面する課題を
クリアしていきたいと考えているからですね。
LTVが多くのビジネスパーソンにとって魅力的な理由
LTVは「生涯」「顧客」「価値」という3つの言葉で構成されています。
「顧客」「価値」は、マーケティング業界で新しい言葉ではありません。魅力的な言葉は
「生涯」という言葉でしょう。
生涯とは「人が生まれてからこの世からいなくなるまで。生きている時間。一生。」です。
プライベートな視点で考えると、自分の人生において「生涯」は、人生において大事な事の
一つではないでしょうか。生涯は時間を表します。時間はすべての人に平等に与えられた
もので、生涯に渡った幸福は、年齢・性別・出身地・年収いろいろな状況がありますが、
誰もが願っていることです。生涯と聞いた時に、自分の人生と重ね合わせる感覚が
あるからこそ、LTVが多くのビジネスパーソンから魅力的に捉えられているのでは
ないでしょうか。
ビジネス面では、「生涯」という言葉から連想される「中長期視点」の重要性を感じる
ことができます。
マーケティング・販売部門では通常、単月/四半期/半期/1年単位で計画を立て、
実践して、成果を上げていきます。
売上は事業年度(1年)を終えた時点で一端ゼロに戻り、再び毎月売上を積み上げていく
ことになります。毎月の売上の大事さを思いつつも、「2:8の原則」で示されているように
8割の売上は1年(事業年度)を跨いで顧客であり続けてくれる2割のリピーター・ファンから
生み出されています(実際の企業売上は3:8ぐらいが多いです。上位3割で8割の売上です)。
中長期視点がマーケティング・販売の本質です。
生涯という言葉でそんな本質を再認識したい気持ちがLTVに向かわせているのでしょう。
LTVは日本人と相性が良い?!
生涯という言葉は、日本人と相性が良い言葉ではないかと思います。
日本は島国です。海に囲まれた島国の人達は、一生涯同じ場所に住むしかないという思いが
根底にあるのではないでしょうか。
海外にすぐに行ける今、その感覚は薄れているかもしれませんが、日本語が通用するのは
日本だけと考えると、今でも残っている感覚だと思います。
島国に住む人は、島の人と生涯に渡ってうまく付き合わなければいけないという感覚が、
一人のお客様と生涯に渡ってお付き合いしていこうと考えるLTVの重要性を強く感じる
理由なのではと思います。
ビジネスにおいても、島国では見知らぬ土地へ行って一山当てようとか、人を騙して一攫
千金の儲けをあげて、他国に高飛びすることができません。
一度でも人を騙したら、すぐに悪い噂が島中に流れて、商売が成り立たなくなるからです。
出会ったお客様を生涯大切に末永くお付き合いしていく、生涯という言葉に島国日本に
おけるビジネスの基本をLTVに託しているのでしょう。
LTVは日本人から見て魅力的に映っていると思います。
CRM・生涯顧客・ファンづくり、言葉は違えど、「LTV最大化」を目的にコンサルティング・教育を
長年届けていますが、50代・60代のビジネスパーソンからもLTVは受け入れられていることを
実感します。
実際、年齢の高い経営幹部が集まるミーテイングでLTVは頻繁に語られ、若手リーダーも含めて
全社的に意識するべき言葉になっています。
明るさが見えづらい日本で、LTVが一種のカタルシスとしての役割を担っているとさえ思います。